
Interview: Pierre Castignola - 日常に潜む記号をデザインで解き明かす
ピエール・カスティニョラ (Pierre Castignola)は、オランダを拠点に活動するフランス人デザイナー。2018年にデザイン・アカデミー・アイントホーフェンを卒業後、自身のスタジオを設立。彼の作品は、日常で使うモノや家具からインスタレーションまで多岐にわたり、作品を通じて、私たちが物に求めるものや、物と人との関係性について、従来の考え方を問い直している。
まずは、ご自身の経歴と活動について教えてください。
ピエール・カスティニョラと言います。フランス出身ですが、現在はオランダを拠点にデザイナーをしています。2018年にデザイン・アカデミー・アイントホーフェンを卒業した直後に自分のスタジオを立ち上げ、家具やインスタレーションを含め幅広く制作しています。
パリで育ちながらも、オランダに移ることを選んだきっかけは何だったのでしょうか?
当時、自分が具体的に何を追求したいかははっきりしていませんでした。いろんな分野を探求するつもりで、19歳の時にオランダに引っ越しました。デザインアカデミー・アイントホーフェンを選んだのは、異なる専門分野を組み合わせるアプローチを歓迎する学校だったからです。他の学校ではすぐに一つの分野に専門化することを求められましたが、私はさまざまなメディアで実験できる時間が必要だと感じていました。
13歳からデザインに興味示し始めたとお聞きしましたが、きっかけは何だったのでしょうか?
デザイナーになりたいと思ったのは11歳の時でした。実は明確なきっかけがあります。当時、父親にパリモーターショーに連れてもらったのですが、フェラーリが新型車599 GTBを発表していました。柵の目の前まで行き、フェラーリを45分くらいじっと見つめて、細部まで分析し、観察していました。その時に、カーデザイナーになりたいと思いました。工業デザイナーだった父にその話をしたら、文化的な知識や芸術的なスキルが必要だと説明してくれて、それから月に二回展覧会に行き、美術教室に通うことになりました。
しばらくしてからは、カーデザイナーになりたいとは思わなくなりましたが、車好きであることは変わりません。当時は、あの車に触れることも、乗ることも、運転することもできませんでしたし、買うこともできませんでしたが、それでも魅了されていたので、今思い出してもデザインの力に感心します。この体験が私のアイコンや記号論に対する興味の始まりでした。それを理解するために本を読み始め、後にそれをテーマにデザイナーとしての活動を始めるようになりました。

初期の作品である『State of Possessions』についてお聞きしたいです。このプロジェクトは、意図的にユーザーのニーズに直接応えることを目的とせず、むしろ人間がオブジェクトの特性に適応することを促します。例えば、ランプは特定の角度に意図的に傾けないと光が点きません。人間がオブジェクトに対して持つ主従関係を離れることを目指しており、量産やそれを形作る社会経済システムへの批評とも見なすことができると思います。どのようにこのような視点に興味を持つようになったのでしょうか?
確かに、『State of Possessions』は批評と見なすことができますが、この作品は量産や消費、そして計画的陳腐化に対する自分なりの単なるアプローチと捉えています。私は常に、私たちがオブジェクトとどのように関わっているか、そしてなぜ今では自分の持ち物にほとんど愛着を感じなくなったのかに強い関心を抱いてきました。例えば、今使っている携帯電話を失くしたとして、それに対して悲しみを感じるのか?私にとっては、悲しいというよりは、少しイライラする程度です。失くしたことに対する感情的な反応は、もう取り戻せない写真などを含むデータの損失に対するものだけです。
つまり、オブジェクトそのものに対してはほとんど関心を持っていませんし、持つ理由もそこまでないのです。モノは簡単に置き換え可能であり、そもそも置き換えられるように設計されています。 オブジェクトは私たちの生活に長く存在しないことが多く、計画的陳腐化によって時間が経つと壊れるようにデザインされています。モノと共有する時間が短いので、その間に愛着を持つこともなく、オブジェクトに対して感情を抱く時間すら与えられません。
この背景と考えが私の出発点であり、そこから、オブジェクトのデザインをどのように操作し、感情的な反応をデザインプロセスに取り入れることができるかを探求し始めました。ユーザーとオブジェクトの主従関係を変える必要があると強く感じました。そのため、『State of Possessions』では、ランプから一般的なボタンスイッチを排除し、インタラクションをあえて複雑にして、ランプを使う際にユーザーに努力を強いる形にしました。
私はデザインを通じて、モノに対してセンシュアルな側面を探求しようとしています。いまだにとても影響されているテーマで、このテーマに関して考え続けています。人間とオブジェクトの関係性は、今や私の実践の基盤であると言えると思います。
『Copytopia』という作品のシリーズ名は、シリーズのコンセプトを象徴するように慎重に選ばれたコピーに思えます。この作品群を生み出すまでのリサーチや考え方について説明していただけますか?
知的財産の仕組みをより深く理解したいと考えたのがきっかけです。リサーチ前は、知的財産のシステムは理にかなっているように思えましたが、調べれば調べるほど、ただ独占を生み出すためのツールであることに気付きました。『Copytopia』は、人々が自由にお互いのアイデアを発展させることができる創造のユートピアとして構想しました。
その後、有名なプラスチック椅子の生みの親が誰か判明されていないことを知りました。発明者は特許を申請しなかったせいで、現在は多くのコピーが特許や著作権で保護されています。最初に作ったわけではないものを所有しようとする企業の偽善を浮き彫りにしています。それを踏まえて、私はさまざまなメーカーによるプラスチックのガーデンチェアを集め、それらを切り刻んで、新しいデザインを作り、「こらは誰の知的財産なのか?」を問いかけたかったのです。
そもそも知的財産に興味を持ったきっかけは何ですか?
すべては、私が20ユーロ札をコピー機でコピーしようとしたときに始まりました。出力された紙は縞模様に覆われていて、コピー機に組み込まれている安全機能によるものでした。知的財産に関連する制限、しかも物理的な制限に初めて直面した瞬間でした。そこから少しずつこのテーマについて少し読み始め、読んだ本の一冊であるマーカス・ブーンの『In Praise of Copying』が目から鱗の内容でした。ブーン氏はこの本を通じて、さまざまな分野におけるコピーの側面を探求しているのですが、とても影響を受けました。コピーの哲学的、文化人類学的、経済的側面により興味を持つようになりました。


カスティニョラさんはよく記号や象徴を扱っています。例えば『Copytopia』は明らかにあの有名なプラスチックチェアを参照していて、最近では、ピクニックテーブルを連想させるアウトドア用折りたたみテーブルをデザインしたり、スイスの建築家ピエール・ジャンヌレが設計したアイコニックなラウンジチェアの忠実なコピーも制作しています。 なぜ記号論やシンボルに惹かれるのですか?
アイコンという概念が好きで、単純にとても惹かれていて、特になぜあるモノがアイコニックなのかを常に知りたくなってしまいます。プラスチック製のガーデンチェアはその一例です。あのチェアがなぜあれだけ知名度が高くなったのかは誰も簡単には説明ができません。おそらく、多くの人がこの椅子に対して強い意見を持っているからでしょう。人々はそれを愛するか嫌うかのどちらかであり、その椅子に対して狂信的なまでに愛着を持つ人たちさえ見たことがあります。その現象自体が非常に興味深く思います。
アイコンの表現を用いることは、それを物質的にも概念的にも扱うことで、観客がそのオブジェクトに対して持っている感情に触れることもできるため、私にとっては非常に重要な要素です。どんな感情であっても、なにかしら引き起こすことができるのです。私にとっては、そのようなオブジェクトを取り扱うことが必要不可欠であります。どの記号を扱うかは非常に個人的で偏った判断ですが、同時に、私の思考プロセスを表に出す良いきっかけでもあると思っています。
デザインプロセスについてですが、最初に興味持ったテーマのリサーチから始めるのですか?それとも造形について先に考える傾向ですか?
正直なところ、場合によりますが、多くの場合、ざっくりしたコンセプトを念頭に置きながら、つまり頭の中で特にまとまりのない考えから始めることが多いです。それを形にすることで、自分の思考を証明しているように感じるのですが、実際は、自分が考えていることを理解しようとすることが主な目的です。ただ、時には衝動的なアイデアが浮かび、それをすぐに実行したいという強い欲求に駆られることもあります。たとえば、先程触れたピクニックテーブルはミラノデザインウィークの一環でウゴ・ベレゲライとディエゴ・フェヴルと『Mini-Golf Extravaganza』を一緒に制作中に寄ったチャリティーショップで壊れたピクニックテーブルを見つけたことがきっかけでした。見たことなかったようなモノに感じて、その瞬間にとても興奮したことを鮮明に覚えています。

カスティニョラさんの作品には、シュルレアリスム的な特徴が顕著に現れているように感じます。例えば、機能と素材が予想外に組み合わされているシャンデリア。シュルレアリスムに自然と惹かれるのでしょうか?
シュルレアリスム的な要素は、各作品に伴う文脈から来ていると思います。あるモノのコンテキストを変えることで物体を置き換えるのが好きです。たとえば、フランスのヴェルサイユ宮殿でインスパイアされたシャンデリアは、最も貴重な金属と職人技により、途方もない富の象徴でした。そのシャンデリアから読み取れる秩序を変えつつ、同じような形態を保つことで、本来とは全く違った感覚を与えることができます。
そのようなことを可能にするシュルレアリスムがとても好きで、現実から一歩離れる感覚、まるで幻想的な小説を読むような感覚かもしれないです。写真家のロナルド・スミッツと一緒に仕事をしたことがありますが、彼は写真がシュールになり始めると線を引く人でした。彼のその好みを横で見たからこそ、私はさらにその奥に行きたい気持ちが強いことに気づきました。
現実は、私にとってある程度までしか興味がありません。 おそらく、日常の素材から「幻想的」なものを生み出したいという自然な欲求があるのかもしれません。そういう意味では、私が作るオブジェは、最初の目的とは異なる形で現実を少し変形させてると言えるかもしれませんね。実は、自然と現代のアーティストに惹かれるので、シュルレアリスムの巨匠たちを本格的に学んだことはありません。といいつつ、安価で、そこまで評価されない素材を扱っていると、作品にインパクトを与えるためには、ある新しい価値を加えるしかないと感じています。


超現実的な要素によってなのか、「このような世界線があったかもしれないな」と想像を膨らませる力がカスティニョラさんの作品に潜在していると感じます。このような感覚を持たせることは意識的に目指していることですか?
実は『Copytopia』はいつも異世界の探求として捉えています。『Copytopia』は明らかに「ユートピア」という用語からの引用でありますが、トーマス・ムーアの著書と同じアプローチでこのプロジェクトに取り組みました。「ユートピア」は到達不可能な最善のシナリオであり、その反対である「ディストピア」はより現実的な最悪のシナリオであるという概念。このテーマに興味があり、よく調べています。現実はその二つの世界線の間を単に揺れ動くものであり、最善のシナリオを考えることで、現在の状態を振り返ることができる。私たちは最善に近いのか?最悪に近いのか?と。
デザインが出来上がるまでに、いくつかのプロトタイプやモックアップを作られていますか?よく辿るプロセスを教えていただけますか?
アイデアが浮かんだら、まずドローイングを描き、そこから制作を始めます。ドローイングはあくまでベースとなるもので、自分の中の非常に大まかなガイドラインに過ぎません。複雑な形状をすべて事前に計画することはできないので、時間と経験を重ねて洗練させてきた一つのエクササイズのようなものです。組み立てはすべて即興的で、試行錯誤が多く含まれています。数年前からプラスチック製のテーブルも扱うようになりましたが、その際には新しいアプローチが必要でした。というのも、すべてのカットが正確で測定されたものでなければならなかったからです。私は一つのオブジェクトにしか取り組まないので、制作中に方向性が誤っていると感じたら、数ステップ戻り、別のアプローチで再スタートすることが多いです。一度に一つの作品に集中すると、長くて退屈なプロセスになることもありますが、それでも非常に楽しいのです。

あなたはプラスチックやアルミニウムを多く扱ってきましたが、陶器を用いた作品も発表しています。素材はどのように選んでいるのですか?
主にその時の興味と、その素材によってコンセプトを強くなるかどうかで素材を選んでいます。長い間プラスチックを扱ってきましたが、現在は新しい素材を用いたプロジェクトに取り組んでおり、実験の余地も出てきています。新しい素材で試行錯誤することはとても楽しいです。自分の通常のプロセスを適応させ、何をしているのか、何ができるのか、どうすれば良いのかを理解するために時間を費やせるので。
どのような分野や領域からインスピレーションを得ていますか?
主に他のデザイナーから影響を受けています。その中でも、1980年代前半にイタリアで活動していたデザイナー集団・メンフィスのマスターたちから特にインスピレーションを受けています。また、ロラン・バルトの著作にも影響を受けますが、特に何か特定のものを挙げるのは難しいですね。


ロラン・バルトの記号論に深く影響を受けていると過去のインタビューでもおっしゃっていましたが、デザインや文化理論に関する書物からアイデアを引き出すことはありますか?
よくありますね。ロラン・バルトは間違いなく私に最も影響を与えた人物で、私の考え方や世界の見方が彼に強く共鳴しています。実は私はかなり好奇心が旺盛な方で、うまく説明されればどんな話題でも興味を持つことができると思っています。そして、もちろん、得た知識は恐らく無意識のうちに私に影響を与えていると思います。興味を引かれたストーリーや情報、その他の何かを無意識に頭の中に蓄え、それがいつか再び浮かび上がり、何かそれに基づいて作品を作りたいと思うことがよくあります。
バルトは、日常の動作であるお辞儀や日本料理のグラフィック要素など、具体的なものから抽象的なものまで、日本はさまざまな記号に満ちていると『表徴の帝国』で書かれたことで知られています。バルトに強く影響を受けているカスティニョラさんですが、日本の文化はどのようにみられていますか?
『表徴の帝国』は最も好きな本であり、この本がきっかけで、いつか日本を訪れて国を探検してみたいと思うようになりました。この本は何度も読んでいますが、読むたびに新たな解釈を見つけることができます。私の記号にまつわる作品は非常に西洋文化に基づいており、私の子供時代や現在の生活スタイルからのイメージを取り入れています。それらを別の大陸の国の文脈に置き換えると、まったく新しい解釈ができるようになり、私の作品ももちろん別の文化的視点から見ることになります。いつかこのような視点を持って作品を作る機会があればいいなと思っています。村上春樹や安藤忠雄、坂茂などの日本の作家や建築家からもインスピレーションを受けていますし、山下達郎や高中正義のような日本のディスコを聴きながら制作をすることも多いです。また、暴走族が使う直管やJDMのような日本の多くのサブカルチャーにも興味を持っており、もっと詳しくなりたいなとよく思います。
他に大きな影響を受けた作家はいますか?
バルトから最も影響を受けているのは間違いないですが、マーカス・ブーンによる『In Praise of Copying』も私にとって二番目に大きな影響を与えた作品です。他には、柳宗悦の『美の法門』やディヤン・スジックの『The Language of Things』にも影響を受けています。どちらも私にとっては、身の回りの環境を見つめることの賛歌のように思えるので、これらもバルトと共通点があると感じています。また、哲学にも興味があり、アウレリウスの視点には、特に彼の社会的立場を考えると、常に興味を持っています。より現代の方ですと、社会学者のリチャード・セネットの影響を強く受けました。
テーブル、椅子、スツール、充電ステーション、花瓶、壁の棚、燭台など、さまざまなオブジェをデザインされていますが、今後デザインしてみたいモノはありますか?
私はいろんなオブジェをデザインすることが好きで、特に折りたたみ式ピクニックテーブルのような特定の目的のためのものや、ラバライトのようにほとんど廃れていると思われるような興味深いオブジェにも惹かれます。新しいオブジェをデザインすることは、私にとって新しい分野や視覚言語、分類学、そしてその周りにあるさまざまな元型やアイコン、さらにはそのオブジェに対する私たちの認識を探ることを意味すると考えています。現在はいくつかのプロジェクトに取り組んでいますが、その一つがオフィスチェアのデザインです。初めてデザインするモノなので、とても刺激的です。多くの情報を集め、そのリサーチに基づいて意識的な判断を下す必要があるので、非常に楽しいです。
まだ発表していない、進行中のプロジェクトについて少し教えていただけますか?
現在、いくつかのプロジェクトに取り組んでいます。最近、『Petra』という小さなオブジェのシリーズを発表しました。プラスチック製の椅子の部品を陶器で再現したものです。また、11月にベルギーで開催されるUppercutとのグループ展で展示するオフィスチェアも制作中です。
また別で、空間全体をインスタレーションとして設計するプロジェクトも進行中です。自分の作品を大幅にスケールアップする挑戦となりますが、まだどこで展示するかは決まっていません。
さらに、過去2年間にわたって取り組んできた、これまでで最大のプロジェクトも進行中です。11月までに完成する予定で、これが一番楽しみなプロジェクトです。早くみなさんにお見せしたいのですが、まだ準備が整っていないため、サプライズにしたいので楽しみにしてもらえたらと思います。

Tsukasa Tanimoto