
Interview: Liv Vaisberg -感性を重ねるキュレーションとコレクティブルデザインの現在-
アートキュレーターとしての経験を活かし、文化的な視点から企画や構想を展開してきたリヴ・ヴァイスベルグは、ジャンルを超えた対話の場を作り上げてきた。
ロッテルダムを拠点に、コレクティブルデザインの国際フェア「Collectible」を立ち上げるなど、独自の視点で文化のプラットフォームを築いてきました。多文化的なバックグラウンドと複数都市での経験から培われた感性は、彼女のプロジェクトにも色濃く反映されています。ジャンルにとらわれず、感覚と思考を行き来しながら、人々の印象に残る体験を作っている。
ご自身について、自己紹介をお願いします。
私はリヴ・ヴァイスベルグといいます。ロッテルダムを拠点に、キュレーターやアートディレクター、文化に関する企画を立てる仕事をしています。21世紀のコレクティブルデザインに特化したフェア「Collectible」を共同で立ち上げ、最近では「Design Bienalle Rotterdam」も始めました。また、ロッテルダムにある現代アートとデザインのスペース「Huidenclub」の共同設立者であり、アートディレクターも務めています。これまでさまざまなアートやデザインフェアに携わってきましたが、常に大切にしているのは、新たな才能を後押ししつつ、既存の枠にとらわれない自由な発想で、意義のあるプラットフォームをつくることです。
キュレーションやディレクション、プラットフォームの立ち上げなど、さまざまな役割を担ってこられましたが、こうした多岐にわたる活動には、ご自身の育った環境がどのように影響していると思いますか?
私は多文化的な家庭で育ちました。いろいろな国を行き来し、異なる言語や文化に囲まれて暮らすことが当たり前の日常でした。そうした環境で育ったことで、「ひとつに決めない感覚」が自然と身についたのだと思います。文化や仕事においても、決まった枠に自分を当てはめることにはあまり興味がありません。もともと好奇心が強く、物事を上下ではなく、つながりや広がりの中で捉えるタイプなので、ジャンルを超えて活動することは自然な流れでした。

ロッテルダム、アントワープ、ブリュッセル、そして最近ではニューヨークなど、さまざまな都市で活動されてきた中で、そうした場所がご自身の感性やお仕事にどのような影響を与えたと感じていますか?
それぞれの街には独特のリズムと空気感があります。ブリュッセルは、物事の複雑さを受け入れることを教えてくれました。少し雑多ではあるけれど、その分奥深く、非常に国際的な街です。アントワープでは、美意識や物語を読み取る感覚が磨かれました。スタイルとストーリーテリングの街だと思います。ロッテルダムは実践的で、可能性にあふれた場所。自由に試したり、ものの見方を新しく捉え直す余地があります。そしてニューヨークは、ものすごいエネルギーとスピード感に満ちていて、「とにかくやってみろ」と背中を押してくるような力があります。こうした街々での経験が重なり合って、直感的でありながら、戦略的でもある、そんな自分の感覚が自然と育まれてきたように思います。
現在拠点とされているロッテルダムは活気あるデザインシーンで知られています。実際に暮らすようになって、キュレーションや文化に対する考え方にどんな変化がありましたか?
ロッテルダムは、変化を恐れず、何度でも自らをつくり直してきた街です。その力強さは、私のキュレーションや戦略の考え方にも大きな影響を与えています。母がこの街で育ったこともあり、私自身が最近ここに住み始めてから、自分の中にもロッテルダムの感覚が根づいていたことに気づきました。それまでまったく意識していなかったのに、不思議なくらい自然に馴染んだんです。この街には、現状にとらわれず、多様な可能性を受け入れる空気があります。その空気が、人を大胆にさせてくれる。ここでのデザインは、まず問いを立てることから始まります。すぐに答えを出すのではなく、どんな可能性があるかを考えることを大切にしているんです。こうした姿勢こそが、私のすべての活動を支える大きな原動力になっています。
Collectibleは、現代アートとデザインに焦点を当て、アートフェアの新しい形を提案しました。従来のフェアモデルから脱却する中で、一番の挑戦は何でしたか?
まったく新しいことがうまくいくと、人々に信じてもらうのは簡単ではありません。Collectibleを立ち上げた当時、コレクティブル・デザインという分野自体がまだ広く知られておらず、多くの人が半信半疑でした。そんな中で、信頼を築きながら、野心的で、キュレーションの質が高く、今の時代に響くプラットフォームをつくる必要がありました。フェアには商業的な側面がありますが、それと同時に、強いキュレーションのビジョンをどう両立させるかは、常に悩ましい課題です。でも、そのバランスを模索するプロセスこそが、この仕事の一番の面白さでもあると感じています。


CollectibleやHuidenclubでは、アーティストやデザイナーとのコラボレーションにはどのように取り組んでいますか?依頼されるギャラリーや_ContentTypeデザイナーには、特定のテーマに沿った作品を求めるのか、それとも彼らの自由な表現を重視していますか?
私が一番興味を持っているのは、今この時代に、デザイナーやアーティストが何を伝えようとしているのかということです。それが、あらかじめ設定したテーマと自然に重なることもあれば、むしろ作品そのものが新しいテーマを生み出すこともあります。たとえば Huidenclubでは、いま私たちが生きている世界で起きている大切な問いや課題に向き合うことを大切にしています。コラボレーションも、一方的な指示ではなく、対話のようにお互いの考えをやり取りできるときにこそ、本当に面白いものが生まれると感じています。
新しい作品やコレクションに出会うとき、最もワクワクする瞬間はどんな時ですか?それは、作品自体が持つ魅力ですか、それともその背景や文脈でしょうか?
私が惹かれるのは、作品が生まれた背景や、そこにあるちょっとした“ひっかかり”のようなものです。きれいにまとまりすぎていない、見る人に問いを投げかけたり、いつもの見方に揺さぶりをかけたりするような作品に、心を動かされます。簡単に「これはこういうもの」と言い切れない作品—思わず立ち止まって考えたくなったり、少しだけ違和感を覚えたりするようなものって、不思議と新しいものを生み出す力がある気がします。その一方で、形や素材、そこに込められた意図が丁寧に結びついている作品にも、とても惹かれます。思考と手仕事がバランスよく調和していて、まわりの世界と自然に対話しているような、そんな静かな強さを感じる作品に出会うと、とても心を打たれます。
最近訪れて最もインスピレーションを受けた場所を教えてください。
昨年の夏、祖父の故郷であるルーマニアを訪れました。カルパチア山脈や、まるで時間がゆっくりと流れているような小さな村々で過ごし、懐かしさと新鮮さが入り混じるような感覚を覚えました。ルーマニアは、デザインの国というイメージはあまりないかもしれませんが、私にとってはたくさんのインスピレーションに出会える場所でした。伝統的な家具づくりの技術や、昔ながらの知恵と現代的な感性をうまく融合させたゲストハウスやレストランなど、どれもが丁寧で、意図を持ってつくられていることが感じられました。風景も本当に美しく、ヨーロッパでも最も古く、手つかずの森が広がっていて、まるで自然そのものに包まれているような気持ちになりました。どこか自分にとって馴染みのある場所のようでありながら、同時にとても新鮮で、心に深く残る体験でした。
音楽は創造的なインスピレーションを与えることがあります。仕事中やプライベートでよく聴く音楽やアーティストはいますか?
気に入った音楽を何度も繰り返し聴くタイプなんです。移動中によく聴くのは、ニコラス・ジャーや昔のビーチ・ハウス。心地よくて、どこか自分のリズムに合うんですよね。家では、レコード収集が趣味の夫に音楽を任せています。彼は、レアな実験的アンビエントを見つけるのが得意で、毎回新しい発見があります。旅先では、マックス・リヒターの”Sleep”がないと眠れないくらい、お守りのようなアルバムです。クラシックのコンサートにもよく行きますし、前衛的な現代音楽からマーラー(実は息子の名前も彼にちなんでつけたんです)、ワーグナー、ドヴォルザーク、シュトラウスまで、ジャンルを問わず楽しんでいます。
単なる「展示会」ではなく、「Moments」を作りたいとよくおっしゃっていますが、訪れた人々がその空間を離れた後も心に残るような体験を、どのように作り出していますか?
大切なのは、“余韻”をつくることです。私はいつも、視覚だけでなく、感情や雰囲気、体で感じる感覚から考えるようにしています。大切なのは何が見えるかだけじゃなく、何が聞こえるか、どんな香りがするか、もしかしたらどんな味がするかまで、五感すべてでどう感じてもらえるかということ。そういった、ちょっとした意外性や微細な要素のほうが、案外強く印象に残るんですよね。そして親しみと違和感、静けさと大胆さ、こぢんまりした空間とスケールの大きさ。そういったコントラストを重ねながら、体験を組み立てていきます。そして、そこを訪れた人が「なんだかうまく言えないけれど、心に残った」と感じてくれたとき、はじめて本当に伝わったんだと思えるんです。
コレクティブルデザインと建築の間の対話は、今後どのように進化していくと考えていますか?また、その境目は曖昧になっていくと思いますか?
そうなりつつあるとは思いますが、まだ完全には実現していません。空間的な視点を持った人がデザインの分野に入ってきたり、その逆も増えてきてはいるものの、建築とコレクティブル・デザインは今もなお、別々の領域として捉えられることが多いのが現状です。だからこそ、Collectibleでは「Architect <=> Designers」というセクションを設けて、建築とデザインが実際に対話できるような場をつくりました。また、「Club Collectible」という取り組みでは、建築家とデザイナーがより気軽に、そして長期的に交流できるような仕組みづくりも進めています。私は、アートやデザイン、建築といったジャンルの枠を越えて、それらが交わる“境界の部分”から生まれるアイデアにとても惹かれます。分野が重なり合うところにこそ、いちばん刺激的でおもしろい発想があると感じています。
最後に、今後のプロジェクトやお知らせがあれば、ぜひシェアしてください。
最近では、ロッテルダム・デザイン・ビエンナーレの第1回を無事に終えることができました。ローカルとインターナショナルなシーンが交わる、本当に素晴らしい体験でした。正直、これほど大きな反響があるとは思っていなかったので、とても嬉しかったです。今は、9月に開催予定の「Collectible New York」第2回に向けて準備を進めています。初回はまさに駆け足で立ち上げた感じだったのですが、想像以上に温かいフィードバックをいただきました。地元のコミュニティがすごく協力的で、そのオープンさや熱意に本当に励まされました。それから、アジアでも面白い動きがいくつか進んでいて、近いうちにお知らせできると思います。色々とあるので…どこにでも一度にいられる才能があったらいいんですけどね!
Interviewer
Yusho Nishioka